自由な人のブログ

創作をする人に憧れている事務をしている人間のつれづれ

保育士になりたい理由

 

 

保育士の勉強をしている、というと「子どもが好きなの??」と高確率で聞かれる

 

(うーんまあ子どもっていうか人間自体好きじゃないんだけどせっかく産まれてきたんだし大人に比べたら)まあ好きだよ、とまじめに考えて無難に答える

 

すると、その反応に満足しなかったのか知らないけど「あんまり好きじゃないの?(あんまり好きじゃないなら向いてないかもしれないからやめといたほうがいいかもよというような顔)」と聞かれたりする

 

いやみんなそんな深く考えてないんだろうけど...笑

 

 

 

八日目の蝉という映画が好きだ

 

薫ちゃんの感性に刺激されてダラダラ涙が出てきてしまうし、四国の島は美しい

 

 

 

この映画を知ってからか、それとも田舎に帰ってきたタイミングか忘れたけど、幼い頃は本当に辛かったなあと思い返すことが増えた。

 

耳にタコができるくらい愛想がない愛想がないと言われ続けた

 

他の子に比べてよく泣いていたような気がする

 

いつも乗っていた車が廃車になると言われたときに寂しくて泣き続けたくらいよく泣いていた。笑

 

いま思うと、生きづらかったんだろうなあと思う。

 

でも子どもはそんな言葉を知らないから、とにかく泣くことでしか感情の行き場がなかった

 

それでも、わたしは感性が豊かでよかったなあと思っているのだ。

 

産まれなければよかった、とか植物に産まれたかった人間はむいてない、とは思うけど

 

ほかの誰かになりたいと思うことはなかった。

 

それは、わたしが愛した本や映画や音楽やガラスや服があったからだろうと思う。

 

辛いときいつも支えてくれたのは人間ではなくてそういうものだったし、だからわたしもそれらを大事にして生きてきた

 

そして、たまに「じゅりさんは文章が上手だね」とか「音楽の仕事をしたらいいかもしれない」と言ってくれる教師がいた

 

お世辞とか、他に言うことがなかったから言っただけかもしれない。

 

けどわたしはほかの言葉は忘れても褒められたことは覚えていたし、辛いときに思い出したりもした

 

立派な大人になれなくてもいい

なれないだろう

でも1人でもそんな言葉で誰かを救えたら

誰かが生きていけたら

 

 

 

それがわたしの保育士になりたい理由なんだけど、そんな話毎回されても困るよね...。笑

 

なんとなくメモで書きました。

して、前回の愚痴の日記はみっともないから消します。笑

 

 

 

 

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前の職場で、じゅりちゃんはこういうとこが素晴らしくてだからこういう仕事をしたら?と言ってくれる人がいた

 

 

嬉しかった

でも同時に、わたしはこんなにどうしようもないのにこの人はなんで褒めてくれるんだろう?と思ったりした

 

これは嫌だとか

こんな人は嫌だと明確に思っても、人の良いところはなかなか思いつかなかったりした

 

そんな自分が嫌だった

 

変わりたいと思ったんだ

 

そして、Netflixクィアアイにハマって、やっぱり変わりたいと思った

 

わたしも人のことをネガティブな言葉でなくポジティブに見られる人間になりたい

 

(ゲイ5人が見た目から価値観まで変えてこう!っていうドキュメンタリー?企画です。

 

ちょうオススメなので是非!)

 

 

 

あと最近みたなかでオススメはニンジャバットマンっていうアニメ映画かな。

 

絵がめちゃくちゃオシャレだった...